慶南晋州(チンジュ)] 晋州民俗闘牛大会 진주 민속 소싸움 대회

闘牛は三国時代新羅が百済と戦って勝った戦勝記念の宴から始まったという言い伝えです。晋州(チンジュ)の闘牛は闘牛の発祥地として知られているものの、実際闘牛が有名になったのは慶北青島(チョンド)の闘牛祭りが知られてからです。

QRコード ANABA KOREA モバイル!
QRコードで韓国の
穴場情報が見られる!

慶南晋州(チンジュ)] 晋州民俗闘牛大会



民俗闘牛大会

慶尚南道 > 晋州(チンジュ)市

期間  2008.5.23 ~ 2008.5.24 (1泊 2日)

コンセプト 写真に収める撮影旅行

経路 ソウル → 晋州城 → 民俗闘牛大会 → ノンゲ投身再現行事 → 1泊 → 慶尚南道樹木園 → ズッコク村 → 上京

旅行宿所 東方ホテル

旅行アドバイス
1.闘牛大会は日程上決勝に近いほど競技が面白いです。
2.晋州闘牛ホームページ(http://www.jinjubulls.jp/)




闘牛は三国時代新羅が百済と戦って勝った戦勝記念の宴から始まったという言い伝えです。それが本当ならおおよそ 1,000年が過ぎる歴史を誇る伝統民俗遊びです。晋州(チンジュ)の闘牛は闘牛の発祥地として知られているものの、実際闘牛が有名になったのは慶北青島(チョンド)の闘牛祭りが知られてからです。

晋州の闘牛はずいぶん前からナムカンの白砂浜で開かれたといいます。闘いが進行していくと牛がたてる砂ほこりが白砂浜を覆って、群衆たちの喊声が高くなったといいます。日帝時代には多くの群衆が白砂浜を覆って、町を歩き回り、怖気ついた日本人たちがナムカンの渡り場を渡ることができずに何日もとどまっていたという有名な話もあります。そのためか日帝時代は韓民族の民俗遊びである闘牛をさせないようにもし ました。 今は闘牛常設競技場ができていて、しょっちゅう見ることができるようになりました。


 

牛が入場します。牛は体級が決まっています。 600kg~660kgである兵種、661kg~750kgである乙種、 751kg~820kgである甲種、821kg~無制限に至る特甲種まで多様で、体級によって闘牛が進行されます。


牛は闘牛場に入れば、一番に機先制圧のために、土俵の砂を足でけったり身を砂に埋めたりします。 元々牛たちは同時入場をするので、後で入って来る牛は先に入って来る牛に比べて肩身が狭いそうです。 それで飼い主たちは牛を先に入場させるために急ぐそうです。


牛2頭が入って来れば、飼い主たちは牛をけしかけます。闘う過程はいろいろあります。 せっかちで勇猛な牛たちはけしかける前に飛びかかって闘い始め、上のようにお互いに境界を広げながら、ある瞬間に闘い始めたりもします。たまに相手の牛に怖気づいた牛が尻尾を向けて逃げ出して、闘いがあっさり終わることもあります。

 


いよいよ始まりました。牛たちの純朴さは目から来ますが、闘牛用の牛の目は純朴な面もあるにはありますが、頭を突き合わせる瞬間かっと燃えあがるようです。闘牛の技術にはかなりいろいろあります。単純に2頭の牛が頭だけ突き合わせて喧嘩をすると思う人が多いです。





闘牛の技術には押しきり、頭つき、持ち上げ、角かけ、角つき、連打等々の技術があります。一番基本的なものは、全力を尽くしてお互いに押して行く押しきりと、頭をぶつけて攻撃する頭つきがあり、 角をかけて押すとか持ち上げる角かけ、角を振って相手の角を打ちながら攻撃する角突き、続いて連続攻撃する連打の技術など積極的な高級技術を見せたりします。

牛二頭が頭だけ突き合わせてじっといるのは、次の攻撃を準備するための方法でもありますが、すごい体力を要する時間でもあります。お互いに頭を突き合わせて押すのはそれだけ体力を消耗するため、牛たちが体力が落ちて疲れてくると、よだれを垂らすとか大小便をします。どちらの牛が先によだれを垂らして大小便をするかによって、勝敗が左右されるそうです。



闘牛ではたまに血を見たりもします。 一番心が痛いことの一つです。韓国の闘牛は牛が倒れるとか死んだりはしません。代わりに最後までやる忍耐と執念があります。こうして血を流しながらも飼い主と意思疎通をすると言います。 頭を突き合わせてもっと闘わなければならないか、でなければ振り返って逃げなければならないかです。それだけ牛と飼い主は、人間と動物の関係ではない、闘牛の牛として鍛錬される瞬間から飼い主と一身同体になるのです。




相手に気を押されたり、到底だめだと思えば後ろを向いて逃げます。勝った牛はちょっと追いかける振りをするだけでそれ以上追いかけません。 牛は精根が尽きます。 5分-10分で終わる牛もそうなのに、30分以上かかる退屈な闘牛の場合には、本当は早く終わったらいいのにと思ったりします。

一般牛から闘牛用の牛に鍛えて競技に出るまでは、牛の体力的な与件や角の形が大きく左右します。そこに加えるとしたら、飼い主と調和した一つの姿です。飼い主たちは自分の牛がけんかに負けたとしても決して怒ったり、酷い目に会わすとかしません。むしろよくやったと尻を叩いてあげたり、撫でてあげます。闘牛場の外で眺める飼い主と牛の姿は、競技場内の冷情な勝負の世界とは違い、人情があふれます。負けた牛たちは次の大会を約束して車に乗って去ります。ほこりたてながら立ち去る牛を乗せた車を見れば、深い残念さが押し寄せます。


★ 去る 2005年青島闘牛祭りで...

一方勝利した牛は意気盛んに飼い主を乗せて堂々と退場します。飼い主の喜びは到底言葉にできません。その昔の闘牛は作男の日だったと言います。けんかで勝った牛は首と角を絹で飾って作男が背中に乗って、村人の農楽を先にして村に帰って行きます。村に帰って来た後には宴をして、お祭り気分だったと言います。





 

コメント (コメントをするにはログインが必要です。)